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愛される子ども

ベッキーのたんじょうび
朝の光に祝福されて目をさまし、満月が夜空にかかるまで、ベッキーへの
お祝いは続きます。
爬虫類と哺乳類、しかもいずれも暴れればきわめて獰猛な種の違う2匹が互いを受け入れあうのは、生物学的には大変稀なことだそうです。馬でも牛でも動物園の猛獣達にしても、過ぎ去った野生の栄光の日々を思い出しているかのように、あるいは我が家の飼い犬が時々そうするように人間の愚かさを哀れむかのように、深い悲しみをたたえています。自分のことを
ちゃんと見つめてくれ、受けとめてくれる人がいると知るからです。白目の部分が大きいと相手が強気か弱気がわかるので、二匹で争う時に不利になるというような説明だったと思います。なぜならムゼイもオウエンも確かに全く黒目がちなのに、悲しみや喜びをその瞳に表していることが私にはよくわかったからです。
生まれてきたことを、家族や友人から祝福され、喜びにみたされてすごす日。私が感動したのはこの本の写真がとらえたオウエンの目が、ムゼイとのかかわりが進むにつれ徐々にその表情を変えていっている点です。10歳の誕生日。
夏の一日。しかしどうやらそうでない場合もあるようです。
誰もが1年に1日だけ持つ、特別な日。
動物の目はどうしていつもあのように悲しみをたたえているのでしょうか。
だからこそ、10歳になった日の朝、ベッキーは「ひとりでできることは、ひとりでするの、
きょうからは。

「魔法のようにすてきな10歳のおたんじょうびのこと、一生わすれないわ」と、ベッキーは
おかあさんに言います。」と、けなげな決意をするのです。
人間以外の生き物では、人間のように白目の部分が目立つことはないという話を聞いたことがあります。
こんなふうに全力で愛されて育った子どもは、それを生きる力にできるのだろうなと
つよく感じました。ベッキーの喜びにあふれた一日があますところなく描かれています。(ロングバージョンのレビューは http://shonan.qlep.com/のレジャー→エンタメでどうぞ)
。最初の頃の写真では群れから離れ親を失った悲しみや恐怖を漂わせているようにみえるのですが、やがて二人で共に食事をしている時の安心しきったような目をした写真から、オウエンがふざけてムゼイの背中をこすっている写真になると、オウエンの目はまるで悪戯っ子の目のように可愛いものになっていきます。
日の長い季節柄、ベッキーへのサプライズは、お友達を招いてのピクニック・バースデー
パーティーでした。

これは2004年12月に起きたインド洋沖地震の津波により群れから取り残されてしまった子カバのオウエンが、搬送された動物園で出会った130歳にはなるというアルダブラゾウガメ、ムゼイにより再生する実話の写真集です。
川のほとりで歌を贈られ、楽しい遊びをし、なんといっても圧巻は、バースデーケーキが
とんでもないところから現れるシーンです。この本の表紙で子カバがゾウガメのそばに横たわっている写真を見た時にはオウエンがまるで泣いているように見えました。
愛された記憶が子どもの支えになることはまちがいありません。
家族愛のひとつのかたちをおどろきとともに深く感じた物語でした。
幻想的で美しい、そして贈る側の演出の心憎さに、絵を見る私もため息がでます

ビッグポロ

ベッキーのたんじょうび

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